羅針盤

地域プロデュース事業部 COLUMN

2025年8月15日
ツアー造成・コンテンツ造成

日本遺産② 日本遺産を活用した取組の全体像

こんにちは、羅針盤の東海林(@shojiryokun)です。

前回の記事で、皆様の地域における日本遺産に関する取組状況をチェックいただきました。

次に必要なのは「何から手を付けるか」という優先順位を見える化することです。

日本遺産制度を活用した取組は、大きく「①文化資源整理・ターゲット設定」「②体験プログラム」「③販路・流通」「④情報発信」の4つの階層に分かれています。

文化資源を活用して国内外からの観光誘客を行おうにも、原則としては、4つの階層が途中で抜け落ちていると効果的な誘客ができず、地域に収益が生じづらいため、結果として文化財等の保全活動に充てる資金の確保も難しくなります。

4つの階層を意識し、抜け落ちが生じないように取組を行っていくことが重要です。

特に、地域のターゲット層を絞り込んで商品を開発する①・②の階層と、商品を最適な販路に載せていく③の階層が不十分なのに、④情報発信に力を入れている地域が意外にも多いように感じています。

予約できる商品がなければ、情報発信によって旅行者から「こんな地域があるんだ」という認知を獲得できたとしても地域への来訪や経済効果に繋がりづらいため、結果的に予算を浪費してしまう可能性があります。

一方で、①・②をしっかりとやって魅力的なコンテンツや商品が造成できており、旅行者に満足してもらえる状態さえ実現できれば、SNS等で旅行者自身が情報発信を行ってくれる世の中になっています。

こうしたことを踏まえると、4つの階層の重要度は並列ではなく、前の階層ほど重要度が高いと言えます。一度に実施することが難しい場合は、前の階層から手を付けていくことがオススメです。

本稿では4つの階層を順に整理しますので、一緒に自地域の進捗状況を振り返っていきましょう。

 

①文化資源整理とターゲット設定

まずは、地域にある活用可能な文化資源(=文化財)を洗い出し、文化財のポテンシャルや日本遺産ストーリーとの親和性を考慮しながら、活用の優先順位を決定していくことが必要です。

その上で、優先順位の高い文化財を管理する地域関係者へ活用可否を確認しながら、コンテンツ化・商品化を検討していきます。

また、その過程で、文化財が持つストーリーや体験価値を分析し、それらを好むターゲット層が誰なのかを明らかにすることも重要です。

下記に、具体的なタスクのイメージを記載します。

  • 観光誘客に活用可能な文化財リストの更新:文化財の所在地・アクセス、年代や成り立ち等のストーリー、所有者・管理者、活用可否を一覧化。地域住民へのヒアリング等で「昔話・逸話」「地域の人々との関わり」など無形のストーリー要素も拾っていくことで、体験プログラム造成時にどのような体験を提供するかを検討するためのヒントとなる。
  • 優先順位付け:観光活用のポテンシャル、保全の緊急度、日本遺産ストーリーとの関連性・重要度といった基準を設定し、比較ができるように数値で評価(例:5段階評価等)。評価の高いものから優先的に体験プログラム化やツアーへの組み込みを進めていくことを検討する。
  • 活用許諾の整理:管理者へ公開や体験への活用の可否、写真撮影可否、現地での飲食可否などを確認した上で、情報を整理しておくことで、次のステップである体験プログラムの造成がスムーズになる。
  • ターゲット設定:文化財が持つストーリーや提供価値を基に、ターゲット層を検討する。地域の目線のみでは妥当なターゲット設定が難しい場合も多く、繋がりのある旅行会社や専門家へヒアリングを行いながら検討していくことも有効。

 

②体験プログラム・ツアー化

次に、旅行者に対して提供する体験プログラムやツアー等の具体的な商品を造成します。単に文化的背景を学べる“学習型”の商品ではなく、旅行者が五感で楽しめる商品を作ることが重要です。

文化財を活用した商品を作る際に論点となりやすいのは、地元の人がこうあるべきと考えるコンテンツの姿をどこまで旅行者向けにアレンジできるかという点です。

神事や文化財の限定公開を例として考えた際に、本来は年に数回の地元向けのイベントであったものを、旅行者向けに定期的に実施すべきか否かという論点が出たとします。

神事や文化財の限定公開の伝統や本質性に目を向けると、今の状態のまま守るべきだという論調になりがちですが、大事に守っているだけでは収益化は図れず、収益化ができなければ保全もできない、ということにもなります。

関係者に対して、「保全のために活用をしていく必要がある」点を丁寧に説明していくことが求められるでしょう。

もう一点、文化財を活用した体験プログラム・ツアーを造成する際に難しい点は、「語らなければ魅力が伝わりづらい」ことが多い点です。

人々の暮らしを支えてきた歴史ある寺社仏閣、切り立った岩々を擁する修験道に使われてきた霊山など、日本や地域の文化的背景を深く知っている人にとって面白い文化資源でも、ストーリーを知らない旅行者からするとよくわからない、といった場合も散見されます。

ただ一方で、旅行者は詳しすぎる説明を求めていないこともあります。興味のないことを詳しく話されても、喜ぶ旅行者は少ないでしょう。

このような場面では、旅行者の反応を確認しながら、説明内容や情報量を調節して解説できるガイド・ナビゲーター人材が重要な役割を果たすことが多いと言えます。文化財や関連する周辺地点の観光資源の魅力を活かしながら、ガイド・ナビゲーター人材の育成を同時並行で進めていくことが求められるでしょう。

上記も踏まえながら、体験プログラム・ツアー化を行う際に留意すべき点の例を、下記に記載します。

  • ストーリーと五感を掛け合わせる:ストーリーを知るだけでなく、見る・聞く・食べる・触れる・香るといった五感で感じる要素を絡めて一連の体験を設計すると、記憶に残りやすい。
     例:歴史ある霊山のストーリー→霊山トレッキング+寺泊+早朝の写経体験等
  • ハイライト設計:体験・ツアーの中で、旅行者の感動を最大限呼び起こすポイント(=ハイライト:盛り上がりの山場)を意識して設計すると、満足度の向上に繋がりやすい。全体の行程の中でハイライトが作れているか、モニターツアーやFAMトリップで検証することも有効。
  • 活用と保全のバランス:「文化財の保全を行うために活用する必要がある」という理解を関係者間で浸透させ、活用機会の拡大を図ることが重要。関係者の理解を得続けるためには、活用によって文化財の価値が毀損されないようなルール作り等を並行して実施する必要がある。
  • 過度な文化の押し売りは避ける:多くの旅行者は“学習”のためではなく、“非日常”や“リフレッシュ”のために訪れる。学習要素を過度に詰め込むことは満足度の低下に繋がるため、ストーリーを適度にかみ砕いて伝えたり、エンターテインメント要素を交えて提供することが必要。
  • ガイド・ナビゲーター人材の育成:地域の日本遺産ストーリーを理解しながら、旅行者の出身地の文化背景との対比や例示等を交えたわかりやすく面白いストーリーを語れる人材を育成。知識を語れるだけでなく、旅行者の興味・関心に応じて適切に説明内容や情報量をアレンジできる人材を育成していくことが重要。
  • 繁閑差への意識:一定の季節だけでなく通年で提供できるコンテンツや、「平日」「早朝・夜間」などの時間帯に提供できるコンテンツを強化すると、地域経済への波及効果が高まる。
  • 適切な値付け:旅行者の金銭感覚に合った値段でありながら、地域に無理のない形で収益が落ちる価格を設定。価格は一度設定すると上げることが難しいので、最初は安くしすぎないよう注意。ターゲット層によっても異なるので、ターゲット層の価格感度がどの程度かを探るためにモニターツアーやFAMトリップを実施することも有効。
  • 安全マニュアル:文化財保護法や食品衛生法等の関連法令に抵触していないか確認を行うとともに、提供に関わる関係者(事業者、ガイド等)用の緊急連絡網を整備。

 

③販路・流通

体験プログラムや造成と並行して、どのような経路で販売を行うか検討を行います。

ターゲット層によって適切な販売経路(BtoC、BtoB)は異なるため、活用すべき販売チャネル(OTA、旅行会社・DMC)も異なります。

一般的に、マス向けの価格帯や通年提供可能なコンテンツであればOTA等のBtoC販売が適しており、高付加価値旅行者向けや期間限定のコンテンツであればBtoB販売が適していますが、商品の特性にもよるため、個別に検討が必要です。

  • OTA(オンライン旅行代理店)の活用:国内向けでは楽天トラベルやじゃらん、インバウンド向けではViatorやKlookなどの主要サイトで掲載基準と手数料を比較。国内旅行者向け・訪日旅行者向けや、国籍等の違いによっても最適なOTAは異なるため、個別に検討が必要。
  • 旅行会社との連携:教育旅行や着地型商品を得意とする旅行会社にセールス資料やタリフ等を提供し、販売を依頼。資料には①行程表や現地の写真、②販売価格と収益分配、③地域側の受入体制や緊急連絡体制を明記すると商談をスムーズに進めやすくなる。
  • DMCとの連携:特にインバウンド向け高付加価値旅行に関しては、海外旅行会社とのコネクションを有する国内DMCとの連携も一案。造成段階からDMCと連携し、高付加価値旅行者が好むような特別体験の設定やオーダーメイド対応等について準備していると、販売に繋がりやすい。

 

④情報発信(ブランディング+PR)

プロモーションでは、日本遺産ストーリーを軸に、地域で楽しめる体験の価値を一言で表したキーワードを検討しておくことで、打ち出すべきメッセージが定まりプロモーションが行いやすくなります。

ただし、メッセージは来訪者の反応を吸い上げながら、ブラッシュアップを行っていくことが必要です。

プロモーションについては、販売をBtoC中心に行うのか、BtoB中心に行うかによって、力を掛けるべき内容が異なります。

例えばBtoC中心に行う場合には、個人旅行者に日本遺産ストーリーや商品について情報を届けるためのWeb・SNS発信に力を入れていくべきでしょう。

一方で、BtoB中心に行う場合には、連携先の旅行会社やDMC等の連携パートナーに提供する写真・動画素材の磨きこみや、展示会・商談会への参加に力を入れた方が販売に結び付きやすいでしょう。

予算が限られている中では、ターゲットに届きやすい情報発信経路は何かを考え、まずは必要な経路に絞って情報発信に取り組むとよいでしょう。

下記に、意識すべき点を記載します。

  • ワンメッセージ:キャッチコピーは15文字以内、体験できる内容や価値を想像しやすいものに。
  • 写真・動画の撮影:写真は宣材写真として見栄えがよいものを撮影しながら、レタッチで盛りすぎない(盛りすぎて訪問時にがっかりされることがある)。動画は従来の横長動画に加え、スマホ用の縦長動画(60秒以内)を用意すると、SNS発信や広告配信等に転用しやすい。
  • 地元発信者の巻き込み:地元の学生や住民、移住者などが投稿するUGC(ユーザー生成コンテンツ)が信頼を生む。地元向けにSNS投稿を促すハッシュタグキャンペーン等を行うことで、情報発信の工数・コストを地元全体で分散化することにも繋がる。
  • 販売への導線設計:プロモーションに興味を持った人に、体験プログラム・ツアーを予約してもらうための導線設計ができているか。SNS投稿等から予約サイトへシームレスに移れるような工夫が行われている等、興味を持った人がそのまま購入できる仕組みづくりが重要。
  • 効果測定:GoogleアナリティクスやSNSインサイトでどんな投稿が見られているか、クリックされているかを確認し、翌月の発信内容を修正。

 

優先順位づけと補助金の活用

ここまで4つの階層を紹介しましたが、全ての階層を一度に完璧に行うのは、予算的にも工数的にも現実的ではありません。前の階層ほど重要であることは既に述べましたが、優先順位をつけながらスモールスタートで取組を開始し、少しずつ改善・改良を行っていくことが有効です。

例えば、コンテンツ造成・商品化ができていない場合は①・②をまず優先的に実施し、文化財を「活用」するための補助金(例:文化庁の「日本遺産魅力増進事業」や「地域文化財総合活用推進事業」)等の活用も検討します。

反対に、商品化はできているものの、販売・誘客プロモーションが弱い地域は、文化庁の「日本遺産魅力発信事業」や、観光庁の販売・プロモーションに活用できる補助金等を組み合わせて③④に注力するなど、弱点となっている部分に予算を活用することが望ましいと言えます。

ただし、補助金活用は手段であり、目的ではありません。限られた人的リソースの中で、補助金の運用に工数をかけすぎて地域で必要とされる他の取組がおざなりにならないようにするためにも、必要な補助金に絞って活用することが望ましいでしょう。

なお、4つの階層は連動していますので、1つの階層の方針が変わった場合は、前後の階層への影響を確認しながら取組全体を見直すようにしてください。

 

地域の現状を知ろう

今回は紹介した取組のステップに沿って、地域の現状を判断するためのチェックリストを用意しました。

以下の5問は各階層の取組状況を大まかにチェックするものです。

Yesが3つ未満なら、次回以降の記事で紹介する具体策を早めに検討しましょう。

#

設問

Yes

No

1

活用可能な文化財リストを直近1年以内に更新した

2

五感で楽しめる体験プログラムが2本以上ある

3

他の文化との比較や例示を交えながらわかりやすく面白い日本遺産ストーリーを伝えられるガイド・ナビゲーター人材が複数人存在する

4

主力商品が国内・海外OTAや、旅行会社・DMC経由で販路に載っている
(継続的に販売できている)

5

プロモーション用のキャッチコピーを年1回以上見直している
(結果的に変更しないとしても、見直しを行うことが重要です)

 

まとめ

今回は、日本遺産制度を活用した取組の全体像として4つの階層を紹介しました。

特に重要である前半の階層に比重を置きながら取組を進めることで、効果的に文化財の活用と地域への経済波及を狙うことができると考えています。

最後に一点、補足ですが、特に文化財を活用する場合において、①・②で造成する体験プログラム・ツアー等のコンテンツは、必ずしも有料のものに限らない点に注意が必要です。

これはインバウンドに関しての話ですが、観光庁の「インバウンド消費動向調査(2024年年間集計表)[1]」によれば、団体ツアーや個人旅行向けパッケージ商品を利用している人の割合は約15%です。つまり、多くの方々はパッケージ型旅行ではなく、個人で交通手段を検討して自由に目的地を訪れています。

体験プログラムやツアーを事前予約せずに文化財を訪れる旅行者の方が多い中で、文化財そのものにお金が落ちなくても、周辺地域の飲食店・宿泊施設・小売店等の事業者に経済効果を生みながら、恩恵を受ける関係者間で連携・分担して文化財の保全を行っていく手法を選ぶのも一案と言えるでしょう。

冒頭で「原則としては、4つの階層が途中で抜け落ちていると効果的な誘客ができない」と記載しましたが、この場合は「③販路・流通」は実施せず、「④情報発信」で文化財とセットで周辺の消費ポイント(飲食店・宿泊施設・小売店等)を紹介し、消費を促していく方法が効果的です。

このように、地域の実情に応じて域内消費を促す方法を検討し、実行に移していきましょう。

次回は体験プログラム・ツアーの具体的な造成方法を深掘りし、日本遺産を活用したプログラム・ツアー造成の「勝ちパターン」を探ります。

自地域の診断結果を踏まえた個別相談も承っています。

下記フォームより、ぜひお気軽にお問い合わせください。

 

 

 

参考・出典

[1] 観光庁「インバウンド消費動向調査(2024年年間集計表)」(参照2025年8月13日)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/tokei_hakusyo/gaikokujinshohidoko.html

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